ヒノハラさんの話。
2011年の肌寒いある日。
兵庫県神戸市のとあるコンビニの駐車場のとある車の運転席で
ケータイをいじっている23歳の好青年がいた。
青年は悩んでいた。
なぜ憂鬱なのか、なぜ好きではない仕事をしているのか、なぜ自分のやりたいことを考えなかったのか、なぜ大学の時に先っぽの尖った靴を履き、「マイミクさん」などという言葉を発していたのか。
青年は、東京の出身である。酒を飲み、太鼓を叩き、嫌がる友達の家でドラクエをやって暮らしてきた。けれども自尊心に関しては人一番敏感であった。
“もっと違うカッコいい仕事がしたい!”
なんという頭の悪さ。激怒こそしなかったものの、入社一年目で転職を決意した。
目下注目しているのは「コピーライター」という怪しい職業である。
神戸に友達がいなかったことで増えた読書量、「コピーライター」はそんな本の世界で出会った単語だった。青年は昔から文章を書くことに抵抗があまりないという地味な特徴を持っていた。
しかも、コピーライターって……なんかよくわかんないけどカッコいい!
「これならいけるかもしれない…!」
汚いメガネを布で拭きながらそう思った。
しかし、どうやったらコピーライターになれるのか、そもそもどういった職業なのかもよくわからない。綿密な調査が必要である。
コンビニで購入したパンをかじりながら
青年はその情報収集の真っ最中であったのだ。
「コピーライター 就職」
「コピーライター なりかた」
「コピーライター モテる」
「コピーライター モテる 方法」
「コピーライター モテる 実例」
等でネットをサーフィンしていると、ある映画のキャッチコピーコンテストの優秀作が発表されているサイトに辿り着いた。その映画は「ノルウェイの森」
ボブディラ…じゃなかった村上春樹の小説を原作とした作品である。
そんな中、審査員特別賞に選ばれていた「ヒノハラさん」と言う人のコピーがエモくて素敵だった。
ヒノハラさん…なんとなく気になって名前を調べてみると、ヒノハラさんは一個下だった。ノルウェイ以外にもいくつか賞を獲っているようだ。
「年下かぁ…すげーヤツがいるんだな」
なんの経験も実績もないくせに青年は勝手に刺激を受けてそう思った。
1年後、青年は仕事をやめた。
それから色々あった、日光のいろは坂くらいクネクネした日々である。
クネクネしたら酔っ払うだろ。酔っ払ったせいで色々トラブったりもしたじゃないか。
そういえばウーロンハイとかを頼んだときにウーロン茶と焼酎を混ぜずに別々に持ってくる店あるじゃないですか? ホッピー方式と勝手に呼んでいるんだけど、あれ最高。
日本中の飲食店がああなればいいと思う。
閑話休題。
神戸市の駐車場でケータイをいじっていた日から約6年。
青年はおっさんの入り口に立ってしまったものの、
なんとか例の怪しい単語の職業で口に糊をヌリヌリしている。
全然カッコよくはないけれど、すごくおもしろい仕事だ。
元青年は動機なんて何でもいいと思っているので、
ヨコシマな気持ちでも転職してよかったなと思っている。
ヒノハラさんは、日野原くんになり、そしてひのちゃんになった。
コピーの話をし、猥談をし、酒を飲み、仕事をし、一緒に賞をもらった。
6年前の自分に話したらびっくりするだろう。
関係は変化しても元青年は彼のことをすごいやつだと相変わらず思っている。
なので、これからも積極的に猥談をしていきたい。
そういえば、最近ネットで「アリムラ カスミさん」という人を見かけた。
どうやら年下のようだ
「年下かぁ…すげーヤツがいるんだな」
元青年は「アリムラさん」のことをまだよく知らない。
シモカワ