今夜もどこかである話。
抹茶フラペチーノグランデミスト
いや、違う。
抹茶フラッペロイヤルストレートデミタス
いや、これも違う気がする。
とにかくそんな長くて小難しい液体に突き刺さった真っ赤なストローを指でクルクルと回しながらミサコは口を開いた。
「ようへいくん、はなしってなぁに?」
分速30文字くらいの速度でゆっくりと彼女が喋る。
俺は緊張していた。なにせこんな経験初めてなのだ。
「単刀直入に言うね、今朝三輪ちゃんから連絡があって昨日の夜、三茶の三角地帯でミサコを見たって言うんだ。知らない男と手を繋いで歩いてたって…。しかも普通の繋ぎ方じゃなくてあのアイアンクローみたいな…わかるよね?」
「恋人繋ぎ?」
「あぁ、それそれ。で見間違いだろうって言ったんだけどそんなはずはないって…。ミサコさ、昨日の夜何してた?」
「え、三茶で飲んでたよ。それあたしだよ」
あっけらかんとした顔でミサコが答える。俺はびっくりして腰を抜かしそうになった。
「え?うそでしょ、なんで?」
「なんでって…あたしその人のこと好きだもん」
肩甲骨のあたりを冷たい汗がつたう。
「え、いやちょっと待ってよ。おかしいでしょ…俺達付き合ってるんだよね?」
震える声でそう告げるとミサコはさらにとんでもないことを言い出した。
「え?そうなの?あたしそんなつもりないんだけどなー」
ミサコとは先輩の菅野さんの紹介で3年前に知り合った。
テクノミュージック好きという共通点もありすぐに意気投合。交際をはじめてもう2年半になる。色々な場所に行ったし、タイコクラブもWIREもソニックマニアも2年連続で一緒に参戦した。もちろん恋人同士がするようなことはすべてすませたし、俺の母親とも一度会っている。彼女のバッグについているスティッチのぬいぐるみはディズニーランドに行ったときに俺が買ってやったものだ。
「いや、ちょ、ちょっと待ってよ…意味がわからない…ウソだよね?」
すがるような声で言うとミサコは要領を得ないといった目で僕を見つめながらさらに追い打ちをかけてきた。
「いや、ようへいくんのことは好きだよ。でもようへいくん一人だけなんて一度も言ってないよね?あたし一人だけに絞るなんてぜったい嫌だよ。びっくりしたー急に変なこと言い出すんだもん。そもそも”付き合う”ってなんなんだろうね」
唖然として返事ができずにいると、さらに彼女はこう続ける。
「しかもさ、いや、いいんだけどね、ようへいくんって菅野さんの紹介だよね?なんていうか…あたしが自分で見つけて来た人じゃないっていうか…菅野さんの推しも強かったんだよね…あ、ごめん、いや本当に好きなんだよ。ようへいくんのことは」
この子は何を言っているのか。
目の前にいるかわいらしい女性のような物体はもしかして異星人か何かじゃないのか。
「いや、でも、俺は付き合ってると思ってるし、もちろんミサコだけだし、やっぱり、そういうのはおかし…」
「あー!わかったわかった!」
俺の話を遮ると。
ミサコはトドメを刺してきた。
「じゃあさ、もう会うのやめよっか?」
負けるというのは気分が悪い、ある一部のことを除いては。
血液の温度が2度あがる。彼女の広角があがって八重歯が見えた。
この微笑は爆弾だ。幽遊白書を思い出す。
俺はミサコが好きだ。
もし俺の奥歯に爆弾のスイッチがついていたなら
今頃俺の身体は粉々になっていたに違いない。
【キャスト】
ようへいくん・・・広告制作会社
三角地帯の男・・・広告制作会社B
菅野さん・・・・・広告代理店
三輪ちゃん・・・・広告会社営業
ミサコ・・・・・・クライアント
シモカワ