シモカワノニッキ

あたまの中がカユいんだ。

生きている間に言われてみたいセリフの話。

人には誰しも「生きている間に言われてみたいセリフ」がある。

以下、黒太字大文字部分。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ゆるやかに流れる川から一本道を入った所に先輩の新居はあった。

 

日本家屋をリフォームしたというその家は、日曜の18時半から放送しているファミリー向けアニメを彷彿とさせる。築50年と聞いていたが、実際にはその倍程の年月が経過しているのではないかと俺は思った。

 

「おーい!」

 

大きく手を振っている先輩が縁側に見えた。

室内には張り替えたばかりの真新しい畳と、雰囲気とマッチしていない簡易的なDJブース。そよ風に乗って木造家屋の心地よい薫りが鼻に届く。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

宴が始まってから2時間程が経った。

 

引っ越し記念に先輩が催したホームパーティーの人数は未だに増え続けている。

 

「うわーひさしぶりー!」「いやだから違うって」「名刺お持ちですか?」「それ今見せて下さいよ」「私の先輩が内川さんの知り合いで」「あの、お店なんだっけな、ほら外苑前の」「焼酎飲む人ー?」

 

広告代理店でデザイナーをしている先輩の顔は広い。誰にでも分け隔てなく接する性格と、人懐っこい笑顔は自然と周りに人を集めた。俺も何人か知っている顔がいたので挨拶をした。一緒に来た皆はどこだろう?サザエハウスのどこかにいるはずだ。

 

俺の隣にはレイコがいる。

 

「ねぇ、こんなにガヤガヤしてるのに私とアンタが普通に会話できるのなんでか知ってる?カクテルパーティー効果っていうの」

 

レイコはすごく美人というわけではないが、愛嬌があるムードメーカーでみんなの人気者だ。ただ、酒癖が猛烈に悪い。今夜も早々に酔っ払っているようで、カクテル効果の話も既に3回目である。

 

「私、ワイン飲みたい。ちょっといってくるわ」

 

そう言うとレイコはどこかへフラフラと消えていった。酒のせいか声の密度が高まり、混ざり合っていく、心なしかDJの音もさっきより大きい。近隣住民から苦情がこないか少し心配になった。

 

「さっき言ったじゃないですかー。そん時に後輩がさ。えー知らない−。」「いやいや、マジだって。知り合いの知り合いって他人じゃないすかw。ピザあっためたよー。氷まだある?」「あいつ変わったよな。付き合ってた時にさ。えー!うそー!。だからそれはカクテルパーティー…。」「いや、だから他人じゃないすかそれw。うるせーな。トイレ空いたら教えて。フォロワーが2万人くらいいてさ。」

 

換気扇の下に設けられた喫煙スペースで川原くんと談笑しているとレイコがやってきた。両手にワインを持っている。

 

「川原くんさぁ、なんで今ガヤガヤしているのに私たちお喋りできてると思う?」

 

レイコの頬が紅潮している。DJブースの方から歓声があがる。見ると先輩がちょうど回し始めるところだった。話し声と音楽と歓声とアルコールが凝縮されて混ざる。坩堝だ。

 

「だーかーらー違うってギャハハうける今度話すってLINE教えて三連休なんてホントに久しぶりタイよりインドネシアでしょギャハハうそーマジ絶対ちがうでしょカレー屋の跡地にできた居酒屋がポートフォリオの添削がヤバいすごい酔ってる気がする先輩いつもの曲流して三宿松屋で食べた牛丼がバカおまえ先輩はDJやるのはじめてだって深夜のテレ東のドラマがさ」

 

ふと隣を見るとさっきまで饒舌だったレイコがしゃがんで俯いている。

 

「おい、大丈夫か?」

 

肩を揺すって話しかけるとこちらを向く。顔が真っ青だった。

 

「おい、どうした?」

 

心配になってさらに問いかけると、俺の肩に手を置くとレイコはこう言い出した。

 

「飲み過ぎた、気持ち悪い。でもここで吐いたら先輩に嫌われる…だから外で吐く、ちょっとアンタも付き合って。ねぇ、一緒にパーティー抜け出して

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

見るなと釘を刺されたので見ていないがレイコは川の魚にたくさん餌をやったようだった。10分ほど経った後、スッキリとした表情で彼女は戻ってきた。

 

「あー死ぬかと思った。でもよかった、これでまた飲める。ねぇ、ちょっとコンビニにいかない?」

 

こちらの返事も待たずにスタスタと歩き出したレイコの後を仕方なく着いていく。100mほど先にあるローソンに着くと、あろうことか彼女は缶ビールを手に取りだした。

 

「迷惑かけたお詫びに一本奢るよ。そこのベンチで飲んでから戻ろう」

 

ベンチに並んで腰掛けプルタブを引っ張る。耳をすませると微かだが嬌声が聞こえる。ホームパーティーの音がここまで届いているのだ。いよいよ通報されるのではないかと俺は思った。

 

「あー明日から仕事イヤだな」

 

足をブラブラさせながらレイコが呟く。

街路樹に照らされたタイツにシミのようなものが見える。

 

「なぁ、そのシミってさ、お前のゲロ?」

 

そう聞いたら流石のレイコでも怒るかな。

ぼんやりとそんなことを考えていると、遠くから微かにサイレンの音が聞こえた。

 

 

シモカワ