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シモカワノニッキ

あたまの中がカユいんだ。

飲み屋を選ぶ時の話。

 思い返せば二十代前半の時は「とにかく安く飲める店」ばかりを探していたように思う。酒を飲む空間に対する興味が希薄で、飲んで騒げればそれでよし!という若気の至りを凝縮した不埒な思考回路に支配されていた。

ヴィレヴァンの店頭で流れているみうらじゅん司会の「コール選手権」のDVDを食い入るように見つめながら「これ今度の飲み会で使えるな…!」とほくそ笑んでいた昔の自分よ、金を払うから素手で殴らせてくれないか?

 

それから数年、社会の荒波に揉まれ、絶え間なく注ぐ理不尽に耐え、酸いも甘いも、の甘いをトルツメしたものを知り、四大ビールメーカーのビールの味の違いがわかりはじめた今、俺は「とにかく安く飲める店」ばかりを探している。

やはり本質はそう簡単には変わらないということなのだけど「味・雰囲気・値段」という店バローメーターに振りわける値は年々変化しているし「安い」というカテゴリーに当てはまる値段もさすがに少しましにはなった。

 

個人的にはこの3つの中だと味に対するプライオリティが一番低い。いや、もちろん美味しいものは大好きなのだけど、飲みだすとあまり食べられなくなるせいで食に対する興味がどうしても薄くなってしまう。

焼肉などに行った際、時折ごはんを頬張りながらビールをゴクゴク飲む人がいるけど信じられない。野球とサッカーをいっぺんにやろうとするようなものだ。ボールのサイズが違うじゃんね。

先日、小松菜奈似のOLと代官山にある魚介が有名な飲食店に行った時も結局「冷やしトマト」しか頼むメニューを決められず、小松菜奈似のOLに「えっ!お刺身とか鯛の炊き込みご飯とか美味しいのにトマトとしか頼まないの!?でもそういうとこがかわいー!ほらほら、トマトを逆から読んでごらん、カ・イ・ブ・ン♡」と耳元で囁かれてしまったし、オレには小松菜奈似のOLの知り合いなんていないし代官山で飲んだことなど人生で一度もないしこんな文章を一人で書いているアラサーを俯瞰的な視点で見るとなんというかもう日本は平和でのんびりしたすばらしい国だなぁ、なんてグローバルなことまで考えてしまうのである。

 

話が逸れた。

 

そんなわけで「安さ」という観点を度外視すると、店選びで一番重視すべきは「雰囲気」である。

俺は大衆的で小汚い店が好きだ。

ここでいう「大衆的で小汚い」の定義は「店内の内装等へのこだわりはないけれど、しっかりとした酒と料理を提供する店」という意味である。つまりなんというか…ギャップがある店が好きなんです。イタリアンなのにウーロンハイが美味しいとかね、そんな感じ。

逆に「大衆的」と言っても同行者と話ができないくらい店内が五月蠅いのは苦手だ。

カクテルパーティー効果をフル活用しなければならなくてとても疲れる。

誰かが「そういう五月蠅い店には気になる女の子を連れて行くといいよ。声が聞こえなくて自然に距離が近くなるから」みたい旨の発言をしていたが、いったい何を考えているのか。顔が近くなったらホッピーが飲めないじゃないか。そういうのは渋谷の円山町付近に乱立するクラブ(↑)でやればよろしいのである。ちなみに一年に数回クラブ(↑)に猛烈に行きたくなるが行くとほぼ100%後悔する点から推測するに、クラブ(↑)とラーメン二郎は同一のものである可能性が高い。

 

また話が逸れた。

 

このように店に対するこだわりはあるのだが、根本的な問題として店を選ぶセンスがない。一ヶ月ほど前も飲み会の幹事をやらされたのだが、必死にリサーチをし、そこそこいい感じで、老若男女誰しもに受け入れられるであろう有働由美子のような店をみつけて意気揚々と予約したのだが、当日参加者の一人が「このお店、〇〇にもあるよね!」といい放ったことによって俺が必死に探した店はチェーン店であることが判明したのである。だから俺には幹事をやらせないほうがいい。高所恐怖症の人間に組み体操のてっぺんをやらせてよいのか。

渋谷にも新宿にも恵比寿にも100回以上飲みに行っているはずなのに、まったくもっていい感じの店を知らない。いつもどこで飲んでいるのか。記憶がない。酒を飲むと記憶がなくなるのも店を知らない一因である。

 

あぁ、なんか長々と書いてしまった。

まぁ、アレだよ、一番大切なのはどこで飲むかじゃなくて誰と飲むかってことだと思うんですよ。(あ、いい感じにまとまりそうじゃない?まとまりそうだよね)

 

もうすぐ暑いけど気持ちのよい季節がやってくる、コンビニエンスストアで350mlの缶ビールでも買って公園で怖い話でもしながら飲みませんか?

きっとなんかちょっとすごくいい感じだと思うんだよね。

 

シモカワ