シモカワノニッキ

あたまの中がカユいんだ。

犬や猫のあだ名の話。

数年前まで「犬派?猫派?」と聞かれたら犬派!と即答していた。

しかし、ここ最近はもっぱら猫のファンである。尻尾をピンと立てて、人間のことなどお構いなし。唯我独尊だ。そこが本当にかわいい。たいていの場合口をキリッと閉じているのもまたいい。犬は常に口が半開きで涎を垂らしていて不衛生である。でもそこがかわいい。そうなのだ、犬派、猫派という議論自体がナンセンス、生きとし生ける動物すべてが愛おしい、下北の駅前で酔っ払って大声を出しながらキャッキャしている大学生の団体以外のすべての生き物は愛おしい。愛おしいからこそ言いたい。

 

犬や猫にあだ名をつけるのはおかしい。

 

これはどういうことか。

例えば「クリスティーヌ」という名前の猫がいたとしよう。ここまではいい。でもこういった場合飼い主はこの猫のことを「クリちゃん」のような愛称で呼んでいる場合が多いのではないだろうか。……ちょっと例えの名前を変えようと思う。

例えば「レオナルド」という名前の猫がいたとしよう。ここまではいい。でもこういった場合飼い主はこの猫のことを「レオちゃん」のような愛称で呼んでいる場合が多いのではないだろうか。

自分の名前を覚えることはできてもあだ名という概念を理解できるのか。自分の名前が「レオナルド」なのか「レオちゃん」なのかわからなくなった結果ちゃおちゅーるのことしか考えられなくなったりしたら大変だ。呼び名は統一したほうが犬にも猫にも優しい。

 

昔、我が家で飼っていた犬は「マロン」という高貴な名前があったにも関わらず「メロン」や「コロン」と呼んでも余裕で反応していた。たぶん「」と呼んでも反応していたと思う。なんかクリにまつわる話が多いな。

彼は、誤って食卓のテーブルに激突した際に上に乗っていたブリの照り焼きが落ちてきたという強烈な成功体験を生涯にわたり大切にしており、その日から二度とブリが落ちてくることはないテーブルに体当たりするのを自身のライフワークにしていた。何かの教訓になりそうな寓話である。

 

あー犬か猫が飼いたい。

 

シモカワ

 

【最近読んだ本】

「人斬り以蔵/司馬遼太郎

岡田以蔵があんなに切ない人だとは知らなかった。

歴史の表には出てこない人を魅力的に描ける司馬遼太郎はすごい。

幕末四大人斬りなら中村半次郎が好き。

 

【最近観た映画】

「ゲット・アウト」

話自体の怖さよりも黒人白人というセンシティブなテーマを持ってきたのがすげーなと思った。不気味な時間が流れるホラー・サスペンス映画が好きなのだけど、本作はその尺がたっぷりあってよかったです。

 

おばあちゃんの話。

おばあちゃんが逝った。

 

88歳。

大往生の定義はわからないけれど、大往生であったと思う。

 

この投稿をシェアしたのは、同情して欲しいとか、現代っ子だからとかそういうことではなく、自称おばあちゃんっ子&実家でずっと同居していたオレが、おばあちゃんがいかにファンキーでチャーミングでイカしていたのかということを皆さんにお伝えしたいからである。

少し長くなってしまうかもしれないが、孫バカのワガママに煎餅等をかじりつつお付き合いいただけると幸いでございます。

 

 

【1】おばあちゃんは料理の人であった。

オレが物心ついたとき、おばあちゃん(そう呼んでいたのでそれで通します)は既に結構なおばあちゃんだった。たぶんオレよりも先に生まれていたのだろう。かなりの歳上だ。

 

当時我が家は、流行の二世帯住宅。両親は共働きだったので必然的におばあちゃんとの時間が多かった。保育園への送り迎えをしてもらったり、一緒にボードゲームをしたり、テレビを見たりしていたようだ。外で遊んでもらったという記憶はあまりない。孫同様、インドア派だったのかもしれない。

 

夕飯の準備もおばあちゃんがしてくれていた。

いいおばあちゃんのテンプレみたいで申し訳ないのだけれど、おばあちゃんはめちゃくちゃ料理が上手だった。いや、ホントに。

何でも美味しかったのだけれど、特に炒飯は絶品で頻繁に作ってもらっていた。

たぶん、なんか変な粉とか入れてたんだと思う。

忙しい母の代わりに、おばあちゃんが幼少期のオレの身体を作ってくれたのだ。

 

あ、そういえばちょっと残念なことがある。

おばあちゃんが作る肴で酒を飲んでみたかった。

おじいちゃんが大酒飲みだったからたぶんステキな肴をたくさん知っていたに違いない。

ちなみに、当時のオレは酒を飲んだり喫煙したりするヤツもうgood nightだと本気で思っていて、つまりそういう人はダメ人間であると定義しており自分は絶対にそのカテゴリーには入らないと決意していた。できればその気持ちをいつまでも大切にしていてほしかった。

 

 【2】おばあちゃんは寛容な人であった。

 そんな感じで炒飯を食べ続けていたオレは、あっという間に中学生になった。

中学といえば思春期である。思春期は忙しい。部活をしたり、テスト勉強をしたり、校舎の窓ガラスを割ったり、親に隠れてトゥナイト2を見たりしなければならない。そんなわけでおばあちゃんとの仲は疎遠に……とはまったくならず、相変わらず可愛がってもらっていたし、炒飯を食べていた。

 

おばあちゃんに怒られたという記憶が殆どない。

おばあちゃんはとてもおっとりしていて、所謂天然キャラだった。

いつもいつもニコニコ、ニコニコ。

あ、でもそうだ、学校をサボって部屋で寝ていた時は怒られた。

 

 

婆「ようちゃん(おばあちゃんがいなくなったのでこう呼んでくれる人は世界にいなくなった。)なんで平日なのに部屋で寝ているの?」

洋「今日は創立記念日なんだよ」

「先々週も同じこと言ってたよ」

 

 

一方のオレもおばあちゃんに反抗したり悪い態度をとってしまったということはたぶん一度もない。中学から高校の頭にかけてヒドイ反抗期があって、今思い出しても本当に申し訳なさと情けなさでいっぱいになるような言葉や態度を親にぶつけていた時期でも、そういうことは一度もなかったと思う。

 

ただ、ゴキブリを怖がっているオレを情けないと笑い、自分が退治したゴキブリの死体を無理矢理オレに触らせようとした時は流石に「このババア」とちょっと思った。何故かおばあちゃんはゴキブリに対しての憎悪と執着がすごかった。たぶん昔、火星で仲間を殺されたんだと思う。

 

 

【3】おばあちゃんは「あら、いいじゃない」の人であった。

 

高校生になり、受験を迎え、大学生になるとますます忙しくなり、家にいる時間がかなり少なくなった。そんなわけでいよいよおばあちゃんとは疎遠に……とは一切ならず相変わらず仲はよかったし、炒飯を食べていた。

おばあちゃんはたいてい家にいたので、大学から朝帰りしても昼帰りしても夜帰りしてもいつでも会うことができた。

 

婆「ようちゃんなんで平日なのに部屋で寝ているの?」

洋「今日は3限からなんだ。大学の授業っていうのはね〜云々〜だから今日は午後からいけばいいんだよ」

婆「ふーんそうなのね」

 

というようなやりとりを1限の授業がある日によくしていた。

 

おばあちゃんに何かを否定された記憶がない。

おばあちゃんは何でもポジティブにとらえ、認めてくれる人だった。

何を始めても何を辞めても、成功はもちろん失敗した時も「あら、いいじゃない」と言ってくれた。ヘイポーではないぞ。

 

将棋をはじめた時も

ドラムをはじめた時も

高校の時留年しそうになった時も

第一志望の大学に落ち、第二志望への進学を決めた時も

仙人みたいに髭を伸ばしていた時も

金髪にして先っぽが尖った靴を履き木こりベストを着ていた時も(この件に関してはおばあちゃんが許してもオレはいまだに許していない)

悩んで就職先を決めた時も

 そして仕事を辞めて、コピーライターになると決めた時も

 

「あら、いいじゃない。ようちゃんなら大丈夫、やりたいようにがんばるのよ」

と言ってくれた。

誰かに認めてもらうということがどれだけ人の心を軽くし、背中を押し、足を前に向かせるのか、それを教えてくれたのもおばあちゃんだった。

 

 

【4】おばあちゃんは気遣いとオシャレの人であった。

 

話が前後してしまうが、大学を卒業し、オレは就職した。

配属先は兵庫県。生まれて初めて実家を離れることになった。

そんなわけでおばあちゃんとはいよいよ疎遠に………少しだけれど、なってしまった。

もちろん物理的に離れているというだけで会えば相変わらず仲はよかったし、オレは炒飯を食べていた。ただ、以前のように毎日おばあちゃんの様子がわかるという状態ではなくなった。その後、オレは転職を機に東京に戻ってくるのだが、実家には帰らなかったので、おばあちゃんと毎日顔を合わせるということは相変わらずできなかった。

 

その頃から少しずつ、だけど確実に、おばあちゃんは歳をとった。

足腰が弱くなり、物忘れが激しくなった。

そう、元気がなくなったというより歳をとったのだ。

 

 そして2013年の秋頃、おばあちゃんは実家近所の老人ホーム的な施設に入居することが決まった。老人ホームというと少し閉鎖的なイメージがあるかもしれないが、おばあちゃんが入った施設はなんというか超いい感じに明るくて、ハッピーでピースフルでスタッフさんもヤバいいい人で、ボキャブラリーが貧困になるくらいいい施設だった。

いつでも会いにいくことができたので定期的に遊びにいった。

 

そうそう、おばあちゃんはすごくオシャレな人で、自分の服もステキだったんだけど(ブローチとかの小物使いが上手だった)人の装いもよく見ていて、新しい服やら帽子やらで会いにいくとすぐに気がついて褒めてくれた。なのでこちらも張り切って変な帽子とかをたくさん買ってしまったよ。どうしてくれるのだ。

 

帰り際に「またすぐ来るね」というとおばあちゃんは決まって「仕事とか忙しいだろうし大丈夫だよ。気を遣わなくていいよ」と言った。アホかよ、気なんて遣ったこと一回もねーよ。いつも自分のことは後回し、周りのことばかり考えている人だった。

 

 

【5】おばあちゃんは孫の今後を心配する人であった。

 

それから数年が過ぎ、やっぱりおばあちゃんは少しずつ歳をとった。

身体能力の衰えもさることながら、記憶力の低下が著しかった。

話した内容をすぐに忘れてしまうのだ。

 

婆「ようちゃんは今どこに住んでいるんだっけ?」

洋「下北沢だよ」

婆「そっか、あそこはいいところだねぇ…...ところでようちゃんはどこに住んでいるんだっけ?」

 

という具合である。

最初のうちはビックリしたし悲しかったが、オレが誰だかわからなくなってしまうということはなかったし、よく考えたら酔っ払っているときのオレも似たようなものである。なので対した問題ではなかった。

 

遊びに行くたび「オレは29歳のコピーライター、職場は銀座、住まいは下北、悪そうなやつはだいたい怖い」という趣旨のことを16回くらい説明し、おばあちゃんも負けじと同じ事を何度も聞いた。ヘビーなリリックの応酬である。しかし、そんな感じにも関わらず最後はやっぱり「もうしばらくこなくていい、気を遣うな」で締めるおばあちゃんであった。

 

あ、問題なかったと書いたがひとつだけあった。おばあちゃんはオレが未だに独身であることをすごく気にしていて、それが結構大変だった。(オレ以外の孫は全員結婚経験者だ)「結婚したかい?」と聞かれ「まだだよ」と答えるとすごく残念そうな顔をする。おばあちゃんは上記のようなMC状態なので行くたび同じ事を聞き、毎回残念な顔をする。

 

かなり悩んだが、ある時期を境にオレは一芝居打つことにした。

結婚している設定にしたのである。

 

おばあちゃんのためと言う勝手な大義名分はありつつ、正直、これがかなりキツかった。

 

婆「ようちゃん結婚は?」

洋「実はね、こないだ籍を入れたんだよ。報告が遅くなってごめんね」

 

こう言うとおばあちゃんは本当にうれしそうな、そしてホッとしたような顔をする。

胸が痛い。痛いがもう引けない。

 

婆「よかったねぇ…なんていう名前の人?」

洋「……ナナちゃんだよ」

婆「そう、いい名前だねぇ」

 

次会った時にも当然同じ流れになる。

 

婆「ようちゃん結婚は?」

中略

洋「…ミーナちゃんだよ」

 

また後日。

 

婆「ようちゃんけ…中略」

洋「…リナちゃんだよ」

 

とこのように安室奈美恵の後ろで踊っていたダンスグループのメンバーの名前等を拝借しつつ、毎回毎回大嘘をつくのだ。ヒドい孫だと思われるかもしれないが、どうしても嘘をつかねばならぬ理由があった。

 

おばあちゃんとの別れが近づいていたからだ。

 

 

【6】おばあちゃんはおばあちゃんであった。

 

おばあちゃんとの激しいフリースタイルバトルを繰り広げていた2016年の秋頃、

おばあちゃんの身体に癌が見つかった。年齢、癌の進行を考えるともう手の施しようがなかった。

担当のお医者さんは母に「サクラが見れたらいいですね」と言ったそうだ。

なんだよ。aikoみたいに言うな。告知ってあっけないのだなと思った。

 

そこからは以前にも増して会いに行き、未来の話をした。

元気になったら何をしよう、どこへ行こう、何を食べよう。

なぜか悲壮感はなく、感じたのは謎の浮遊感。

あれは何だったのだろう?不思議な気持ちだった。

オレは下北の愛すべきバカな仲間の話やなんやをして、おばあちゃんは結婚祝いに俺と嫁の新居に最新式の洗濯機を買ってやると豪語した。

 

ゆっくりゆっくり穏やかな時間が流れた。

 

そして、2017年2月27日の早朝、おばあちゃんは呼吸を止めた。

 

最期まで全身を管に繋がれることもなく、母やオレに「どちらさま?」なんて言うこともなかった。最期にかけてくれた言葉は「こんな場所にいないで早く仕事に行きなさい」だった。あっぱれ。すげーよやっぱ。

 

2017年現在、オレは死後の世界というものを信じていない。

のだけれど...信じたくなってしまうよ。

 

もしそういう場所があるのだとしたら、おばあちゃんは取り急ぎオレが実は独身だったことに対して心底ガッカリしていると思う。許してくれ。

 

"見守る"という表現はなんか恥ずかしいし好きじゃないのでアレです。好きだった料理や編み物や大河ドラマ鑑賞や昼寝の合間、たまーーーに「どれどれ?」って感じで様子を見に来てほしい。その時に「あら、いいじゃない」と言ってもらえるように精一杯頑張りたいと思う。

 

オレは実はもういい大人なので毅然としなければならない。

でもきっと醤油の焦げた匂いのする炒飯や、大きな水たまりや、花のブローチや、ツギハギのあるGパンなんかを見るたびに、たまらなくなって、そしてその後穏やかな気持ちになるのだと思う。

 

おばあちゃん、いつもオレのことを肯定してくれてありがとう。

味方でいてくれてありがとう。清く正しいおばあちゃんでいてくれてありがとう。

そして、そして、そして、さようなら。

 

 

母に頼んで、おばあちゃんが遺したお金の一部をもらった。

 もしいつか結婚したら、そのお金で洗濯機を買おうと思う。

 

シモカワ 

 

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ヒノハラさんの話。

2011年の肌寒いある日。

兵庫県神戸市のとあるコンビニの駐車場のとある車の運転席で

ケータイをいじっている23歳の好青年がいた。

 

青年は悩んでいた。

なぜ憂鬱なのか、なぜ好きではない仕事をしているのか、なぜ自分のやりたいことを考えなかったのか、なぜ大学の時に先っぽの尖った靴を履き、「マイミクさん」などという言葉を発していたのか。

 

青年は、東京の出身である。酒を飲み、太鼓を叩き、嫌がる友達の家でドラクエをやって暮らしてきた。けれども自尊心に関しては人一番敏感であった。

“もっと違うカッコいい仕事がしたい!”

なんという頭の悪さ。激怒こそしなかったものの、入社一年目で転職を決意した。

 

目下注目しているのは「コピーライター」という怪しい職業である。

神戸に友達がいなかったことで増えた読書量、「コピーライター」はそんな本の世界で出会った単語だった。青年は昔から文章を書くことに抵抗があまりないという地味な特徴を持っていた。

しかも、コピーライターって……なんかよくわかんないけどカッコいい!

「これならいけるかもしれない…!」

汚いメガネを布で拭きながらそう思った。

 

しかし、どうやったらコピーライターになれるのか、そもそもどういった職業なのかもよくわからない。綿密な調査が必要である。

 

コンビニで購入したパンをかじりながら

青年はその情報収集の真っ最中であったのだ。

 

「コピーライター 就職」

「コピーライター なりかた」

「コピーライター モテる」

「コピーライター モテる 方法」

「コピーライター モテる 実例」

 

等でネットをサーフィンしていると、ある映画のキャッチコピーコンテストの優秀作が発表されているサイトに辿り着いた。その映画は「ノルウェイの森

ボブディラ…じゃなかった村上春樹の小説を原作とした作品である。

そんな中、審査員特別賞に選ばれていた「ヒノハラさん」と言う人のコピーがエモくて素敵だった。

ヒノハラさん…なんとなく気になって名前を調べてみると、ヒノハラさんは一個下だった。ノルウェイ以外にもいくつか賞を獲っているようだ。

「年下かぁ…すげーヤツがいるんだな」

なんの経験も実績もないくせに青年は勝手に刺激を受けてそう思った。

 

1年後、青年は仕事をやめた。

それから色々あった、日光のいろは坂くらいクネクネした日々である。

クネクネしたら酔っ払うだろ。酔っ払ったせいで色々トラブったりもしたじゃないか。

そういえばウーロンハイとかを頼んだときにウーロン茶と焼酎を混ぜずに別々に持ってくる店あるじゃないですか? ホッピー方式と勝手に呼んでいるんだけど、あれ最高。

日本中の飲食店がああなればいいと思う。

 

閑話休題

 

神戸市の駐車場でケータイをいじっていた日から約6年。

青年はおっさんの入り口に立ってしまったものの、

なんとか例の怪しい単語の職業で口に糊をヌリヌリしている。

全然カッコよくはないけれど、すごくおもしろい仕事だ。

元青年は動機なんて何でもいいと思っているので、

ヨコシマな気持ちでも転職してよかったなと思っている。

 

ヒノハラさんは、日野原くんになり、そしてひのちゃんになった。

コピーの話をし、猥談をし、酒を飲み、仕事をし、一緒に賞をもらった。

6年前の自分に話したらびっくりするだろう。

関係は変化しても元青年は彼のことをすごいやつだと相変わらず思っている。

なので、これからも積極的に猥談をしていきたい。

 

そういえば、最近ネットで「アリムラ カスミさん」という人を見かけた。

どうやら年下のようだ

「年下かぁ…すげーヤツがいるんだな」

元青年は「アリムラさん」のことをまだよく知らない。

 

シモカワ

生きている間に言われてみたいセリフの話。

人には誰しも「生きている間に言われてみたいセリフ」がある。

以下、黒太字大文字部分。

 

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ゆるやかに流れる川から一本道を入った所に先輩の新居はあった。

 

日本家屋をリフォームしたというその家は、日曜の18時半から放送しているファミリー向けアニメを彷彿とさせる。築50年と聞いていたが、実際にはその倍程の年月が経過しているのではないかと俺は思った。

 

「おーい!」

 

大きく手を振っている先輩が縁側に見えた。

室内には張り替えたばかりの真新しい畳と、雰囲気とマッチしていない簡易的なDJブース。そよ風に乗って木造家屋の心地よい薫りが鼻に届く。

 

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宴が始まってから2時間程が経った。

 

引っ越し記念に先輩が催したホームパーティーの人数は未だに増え続けている。

 

「うわーひさしぶりー!」「いやだから違うって」「名刺お持ちですか?」「それ今見せて下さいよ」「私の先輩が内川さんの知り合いで」「あの、お店なんだっけな、ほら外苑前の」「焼酎飲む人ー?」

 

広告代理店でデザイナーをしている先輩の顔は広い。誰にでも分け隔てなく接する性格と、人懐っこい笑顔は自然と周りに人を集めた。俺も何人か知っている顔がいたので挨拶をした。一緒に来た皆はどこだろう?サザエハウスのどこかにいるはずだ。

 

俺の隣にはレイコがいる。

 

「ねぇ、こんなにガヤガヤしてるのに私とアンタが普通に会話できるのなんでか知ってる?カクテルパーティー効果っていうの」

 

レイコはすごく美人というわけではないが、愛嬌があるムードメーカーでみんなの人気者だ。ただ、酒癖が猛烈に悪い。今夜も早々に酔っ払っているようで、カクテル効果の話も既に3回目である。

 

「私、ワイン飲みたい。ちょっといってくるわ」

 

そう言うとレイコはどこかへフラフラと消えていった。酒のせいか声の密度が高まり、混ざり合っていく、心なしかDJの音もさっきより大きい。近隣住民から苦情がこないか少し心配になった。

 

「さっき言ったじゃないですかー。そん時に後輩がさ。えー知らない−。」「いやいや、マジだって。知り合いの知り合いって他人じゃないすかw。ピザあっためたよー。氷まだある?」「あいつ変わったよな。付き合ってた時にさ。えー!うそー!。だからそれはカクテルパーティー…。」「いや、だから他人じゃないすかそれw。うるせーな。トイレ空いたら教えて。フォロワーが2万人くらいいてさ。」

 

換気扇の下に設けられた喫煙スペースで川原くんと談笑しているとレイコがやってきた。両手にワインを持っている。

 

「川原くんさぁ、なんで今ガヤガヤしているのに私たちお喋りできてると思う?」

 

レイコの頬が紅潮している。DJブースの方から歓声があがる。見ると先輩がちょうど回し始めるところだった。話し声と音楽と歓声とアルコールが凝縮されて混ざる。坩堝だ。

 

「だーかーらー違うってギャハハうける今度話すってLINE教えて三連休なんてホントに久しぶりタイよりインドネシアでしょギャハハうそーマジ絶対ちがうでしょカレー屋の跡地にできた居酒屋がポートフォリオの添削がヤバいすごい酔ってる気がする先輩いつもの曲流して三宿松屋で食べた牛丼がバカおまえ先輩はDJやるのはじめてだって深夜のテレ東のドラマがさ」

 

ふと隣を見るとさっきまで饒舌だったレイコがしゃがんで俯いている。

 

「おい、大丈夫か?」

 

肩を揺すって話しかけるとこちらを向く。顔が真っ青だった。

 

「おい、どうした?」

 

心配になってさらに問いかけると、俺の肩に手を置くとレイコはこう言い出した。

 

「飲み過ぎた、気持ち悪い。でもここで吐いたら先輩に嫌われる…だから外で吐く、ちょっとアンタも付き合って。ねぇ、一緒にパーティー抜け出して

 

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見るなと釘を刺されたので見ていないがレイコは川の魚にたくさん餌をやったようだった。10分ほど経った後、スッキリとした表情で彼女は戻ってきた。

 

「あー死ぬかと思った。でもよかった、これでまた飲める。ねぇ、ちょっとコンビニにいかない?」

 

こちらの返事も待たずにスタスタと歩き出したレイコの後を仕方なく着いていく。100mほど先にあるローソンに着くと、あろうことか彼女は缶ビールを手に取りだした。

 

「迷惑かけたお詫びに一本奢るよ。そこのベンチで飲んでから戻ろう」

 

ベンチに並んで腰掛けプルタブを引っ張る。耳をすませると微かだが嬌声が聞こえる。ホームパーティーの音がここまで届いているのだ。いよいよ通報されるのではないかと俺は思った。

 

「あー明日から仕事イヤだな」

 

足をブラブラさせながらレイコが呟く。

街路樹に照らされたタイツにシミのようなものが見える。

 

「なぁ、そのシミってさ、お前のゲロ?」

 

そう聞いたら流石のレイコでも怒るかな。

ぼんやりとそんなことを考えていると、遠くから微かにサイレンの音が聞こえた。

 

 

シモカワ

「w」の話。

「w」ってあるじゃないですか。

 

あれね、語尾とかにつけるやつ。

「(笑)」と意味が一緒のやつ。

 

いやーあれが苦手だ。

 

別にいいんだけどさ…別にいいんだけど、なんかアレじゃないですか?

だってなんだかだってだってなんだもんじゃないですか。

綺麗な日本語じゃないと思いませんか?

 

若者だけじゃなく、いい大人もみんな「w」使ってるもんね。

ちょっと前に某大物コピーライターの人が使っていて、ビックリしたというか少しガッカリした。いや、いいんだけどさ、いいんだけど。だってなんだかだってだってなんだもん。

 

「w」つけると色々台無しになると思いませんか?

 

「月が綺麗ですねwwwwwww」

「おもしろきこともなき世をおもしろくwwwww」

「逃げちゃダメだwww逃げちゃダメだwww逃げちゃダメだwww」

 

ほらほら。なんか残念な感じじゃん。

 

「敵はwww本能寺にwwwありwwwwちょwww本能寺ってwww」

「千里の道もwwww一歩からwwww千里ってwww何キロだしwww」

 

ほらほらほら。不穏だよ。

 

「w」ってニュアンス的には嘲笑とか含み笑いだと思うんだけど、

それをアルファベット一文字で表現、認識、定着させたのはお見事ながら、

嘲笑や含み笑いがあまりいいことではないしなぁ、と思うわけです。

 

とか言ってやっぱりボクも甲子園の大飛球のように、風の吹くまま気の向くまま、右へ左へふーらふらと流されちゃうタチだからたまに使っちゃうんだけどね。うーんシモカワ困っちゃう(原田宗典風)

 

日本語って難しい。

そもそも「(笑)」っていう表現もよく考えたら変だよな。

これなんて読むのよ?カッコワライカッコトジ?

ナカグロつけたくなるよ。カッコワライ・カッコトジ、これどこのダメ男爵だよ。

侍女に手を出しまくってそう(笑)

 

あ、ヤバい無意識で使っちゃったよ、習慣って怖いな。

うーんシモカワ困っちゃう(原田宗典風)

 

「w」も「(笑)」も変なので、笑い声をそのまま文字起こししたらどうだろうか。

つまり

「そうなんですよね。あはは。」

「そうなんですよね。うふふ。」

「そうなんですよね。ぐへへへへへ。」

というようにその時々のニュアンスに応じて表記を変えるのだ。

これリアリティもあるしいいんじゃないかな。だって「あはは!」って笑う人はいても「カッコワライカッコトジ!」「ダブリューダブリュー!」って笑う人はいないでしょう。もしかしたらいるのかな。いたらヤバいうけるwwwwww

 

あ、ヤバい無意識で使っちゃったよ、習慣って怖いなぁ。

 

どうでもいいけど「あはは」と手打ちしてるとこのキャラが頭に浮かびますね。

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共感してくれるあなたはきっと昭和の生き残り。

 

シモカワ

映画館に行こうの話。

映画の話をしよう。そうしよう。

 

巷では「日本の映画は高い!」と叫ばれて久しい。

 

大人1800円、前売りでも1500円。

うーむ、確かに高い。1800円あれば一ヶ月は遊んで暮らせる。

人生を左右するような大金だ。

 

大画面で堀北真希を観るためにやむなし…!

と清水の舞台から飛び降りるような気持ちで1800円払うのもよいが、

実は各映画館には色々と裏ワザがある。

 

例えばヒューマントラストシネマなどを運営している

「テアトルシネマグループ」は会員カードを作ると素敵で無敵だ。

カードを提示すれば料金は1300円に。

さらに水曜日は「映画サービスデー」で1100円、

さらにさらに火曜と金曜はそれぞれ「ハッピーチューズデー・フライデー」

というゴキゲンなネーミングを称して1000円になるのである。テアトル系列では映画を1800円で観る方が逆に難しい。さぁ、あなたも会員になろう!(回し者ではありません)

 

また、みんな大好きTOHOシネマズも会員になるとなにかと捗る。

毎週火曜日の鑑賞が1400円になるのに加え、6本観ると1本分の料金が無料になる。

つまり毎週火曜日に6本観ると仮定すると料金は1400×6=8400円、これで7本観れるわけだから1本の料金は1200円だ。ちょっと苦しい理論だけど、これはなかなか安い。

その他、渋谷のユーロスペースとか東中野のポレポレは映画とセットで舞台挨拶やトークショーなんかのイベントが付属してることが多いから楽しい。

 

あ、思い出した。言わせてくれ。なんで「レディースデー」はほぼすべての映画館でやっているのに「メンズデー」をやっている映画館は全然ないんだ。あれはどう考えてもおかしい。映画を楽しむ感性に男も女もあるのか。あれこそ男女差別ではないのか。ぷんぷん。

 

とまぁ、このように定期的に映画館に足を運んでいるわけなんだけど、一人で行くことが圧倒的に多い。基本的に映画は一人で観る物だと思っている。なぜなら余韻を一人で味わいたいからである。例えば、何らかの「つまらない映画」を観てしまったとしよう。鑑賞後に頭の中では様々な感情が蠢く

 

「うおー!つまんなかったぁ!!!びっくりした!!いやぁ…つまんなかった!!最初の10分でもう嫌な予感してたもんな。回想のシーンいるか?なんでドキュメンタリーなのに途中で主人公空飛んだんだ?いやーーーーつまんなかったぁ!!つまんなかったなぁ。3時間弱携帯の電源切ってたけど誰からもLINEとか来てなかったなぁ!!いやぁ俺の人生の方がつまらないなぁ!!!」

 

的なことをタバコとか吸いつつニヤニヤしながら考えたいのだけど、人と一緒だとそうもいかない、何かしら話しかけなくてはいけないのだがこれが難しい。

「つまらなかったね」は無粋だし「早く飲みに行こうよ」と速やかに話題を今後の身の振り方にスライドさせるのも、今までの俺達の2時間半はなんだったの?ということに

なってしまう。そうやってグルグルグルグル考えて最終的には「どこ飲み行く?」と言ってしまうのである。あーイヤだイヤだ、ねぇ、どこ飲み行く?

 

それとは逆に人と一緒に観たい映画、もとい観なくてはいけない映画ももちろんある。今話題沸騰中の「君の名は。」なんかがそうだ。あの映画は嫌な予感がする。なんというか一人で観てしまったら、心のやらかい場所が握りつぶされ、シナプスはブチ切れ、それ、みたことかこれ。大地が揺れ、看板は取れ、朝ドラは「まれ」、どう?こんな俺?とリリックを刻んだ後、前の席で鑑賞しているカップルに、ねぇ、どこ飲み行く?と話しかけかねない。あーイヤだイヤだ、ねぇ、どこ飲み行く?

 

また終わらせ方がわかんなくなっちゃった。

 

テルマ&ルイーズのラストシーンみたいな人生がいいな。

映画の話は楽しいから、また書きます。

 

シモカワ

 

生きている間に言いたいセリフの話。

人には誰しも「生きている間に言いたいセリフ」がある。

以下、太字部分。

 

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案外狭いんだな。

 

甲子園のグラウンドに立った印象だ。

ベンチの中から眺めているとよくわからなかったが、バッターボックス

近くから見渡す甲子園球場は、母校のグラウンドとそんなに大きさが変わらないように俺には思えた。

 

この2年間、俺は一度も公式戦に出場したことがない。

 

地元の中学では神童と呼ばれ、自信満々で本州にある強豪校に進学した。

「自分は間違いなくプロになる」そんな根拠のない思い込みは、入学して一週間でガラガラと音を立てて崩れた。“上には上がいる”月並みな言葉が重く重くのしかかった。

 

ジリジリと太陽が照りつける。

9回裏、2アウト。9-0で負けている。

 

なぜこんな場面で俺が代打に出されたかというと

恐らく、来月で学校を辞めることになったからだと思う。

 

地元で小さな工場を経営している親父の体調が思わしくなかった。

家族経営ならばこれを機に畳んでしまってもいいのだが、

親父の工場は3人の社員を抱えている。

「3人を路頭に迷わすのだけは絶対にいかん」親父は頑なだった。

それならば長男である俺が工場の手伝いをしなくては…という経緯の退学だった。

 

なに、野球で挫折したこともあって学校も居心地がよくなかった。未練はない。

 

つまりこの代打は「思い出代打」というやつだ。

練習にも熱が入らずダラダラやっていた俺に最後の打者を務めさせてくれるなんて監督も気前がいい。

ベンチを出る前「いいか柏木、お前が出ることで奇跡がはじまるんだぞ」なんて言っていたけど、その目は光を失っていた。そりゃそうだ。あとアウトひとつで試合は終了、ここから9点差をひっくり返すなんてソフトバンクでも不可能だ。

 

でも、まぁいいさ、高校球児特有の「絶対に最後まで諦めない」みたいな精神論は大嫌いだ。昔から物事を斜に構えて見るタイプだった。いや、昔じゃない…野球に挫折してからそうなった。

 

「目をつぶって豪快に振り回してやろうかな」

そんなことを考えながら素振りを終え、バッターボックスに入ろうとした時だった

 

「おい!」

 

振り向くと声の主は、ネクストバッターズサークルでしゃがんでいる下川先輩だった。

 

3年の下川先輩は、俺の目からみてもセンスがあるタイプではなかった。でも、間違いなくチームの誰よりも練習していた。一番最初にグラウンドに出て最後まで残る。セカンドのレギュラーも、血のにじむような努力で手にいれたものだ。

俺はそんな下川先輩のことが苦手だった。当時は理由がわからなかったが、今になってみるとハッキリわかる。野球から逃げた自分と、野球と真剣に向き合い続けている先輩。俺は自分が情けなくて、そして先輩が羨ましかったのだ。

 

先輩と無言で見つめ合った。1秒だろうか2秒だろうか。

いや、もっと長かったかもしれないし、短かったかもしれない。

 

沈黙を破り、ニヤッと笑って下川先輩が口を開く。

 

「柏木、俺にも打たせてくれよ」

 

なんと返事したかは覚えていない。

先輩は卒業したら実家の自転車屋を継ぐのだと言っていた。

「俺さ、パンク直すのうまいんだぜ」

これが生涯最後の試合になるかもしれない。

 

一秒でも早くグラウンドから逃げたかった俺と、

一秒でも長くグラウンドにいたかった下川先輩。

 

 

3分後、無駄だとわかっていたのに俺はヘッドスライディングをした。

無駄なことは嫌いだったはずだ。なぜあんなことをしたのだろう。

それは今でもわからない。

 

 

シモカワ